フリーライドの語源?
95年頃には、ウォタージャンプがなんたるかも含めて認知度や浸透度はかなり低かったですね。
世界中どこを探しても運営や経営のマニュアルなんてものは全くない。作ることだけであれば、すでに自身で借金をして何回も作っている。
お手本としようとする施設がないわけだから、すべてが手探り状態。
事業事例があればマネをすればいいわけですからねぇ、最初にトライする人には産みの苦しみがあるわけですよ。が新たなこと、未体験や既成数値が無いことを、あらたに「興す」ことはなによりやりがいがあるわけです。
私のスタンスといいますか、「物まね」が苦手です。それと標準化という言葉も嫌いな方です。
これは、物まねや標準化は、運営としてはやりやすいし一般社会では当たり前なことですが、生産性や革新性が徐々に薄れてくる。流れで仕事をすることになります。流れることでいい点がありますが、新しいことを考えることや挑戦することに臆病になってくる。仕事を新鮮に常に向き合うこと、この発想がなくしてはウォータージャンプは作れない。というより事業性がなくなるという脆弱な市場でありビジネスなんですね。
私の本業はスキー場の設計や運営コンサルタントですから、明確な答えのないことに対して答えるということでは、20年間も関わっているうち随分と鍛えられてきます。
スキー場では自然状況や地域特性、それぞれの地の人間により、いろいろな答えが生まれてきます。私にとって、本業の延長でのスタンスだっただけに事業計画作りは楽しい時間でした。これは冬期に運営していたモーグルコースで数値算出はすでに施行済みだったことが大きいですね。
当時追い風は、フリーライドの動きでした。
余談ですがこのフリーライドという表現は日本独自なのですよね。当時ブラボースキーの中島編集長と新たな遊びのジャンルの表現に最も適切な言葉はなんだろうね・という会話をしていました。これはウォータージャンプのシリーズ戦を開催したり冬期にエアのイベントを頻繁に開催していた私が業界のリーダーということらしく、しかしスノーボードではなくスキーでこのジャンルの表現はどうしよう、そのなかでフリースキーやフリースタイルなどなど悩んだ結果、彼がフリーライドの方がインパクあるよ、じゃそう表現してこう・とこんな軽い感じで、誌面にイベントにスキー場の表示にてと一気に標準化されました。。。。スノーボードでのフリーライドとは違うジャンルで勝手にひろまったのです。
さて、このフリーライドはモーグルがアスリートされる中、束縛を拒絶する人たちに一気に受け入れられ広まりましたね。サロモン1080やスノーブレードが一大ブームなったのは90年代後半です(当時私はこれらの販売にかかわるお手伝いもしていました)。
この当時は、モーグルから分家した人たちが遊ぶもの・というイメージが強かったかな。
それを払拭してきたのは、スキーボードの人たちですね。インラインスケートテクニックの下地からわき出る技はスキーの概念を崩していましたよ。かなり鮮烈なイメージが私にはあります。
まだモーグルイメージが残っているところもありますが、跳びだけを楽しもうとする人が圧倒的に増えてきましたね。だから、今年は飛び系専門誌が3誌も出現するわけだ。
しかし、2000年を超えたあたりからか、前記の標準化がたった数年でフリーライドにも現れてきて、そしてウォータージャンプにも現れました。盛り上げるために大会をすることが果たしてベストなのだろうか。自分がその仕掛けにかかわらなくてもいいじゃないか、誰かがやればいい。
この時点で私はきっぱりと雪上イベントから完璧に撤退。ウォータージャンプシリーズ戦からも私は離れさせていただきました。
私が止めたことで、各方面には色々影響が起きたようです。飛び系大会だけでも10近く行っていただけに、それなり影響はあたのでしょう。
しかし、今ではよかったと思います。イベントを5シーズン離れてみて初めて、みんなが望んでいることが段々と見えてきました。
イベントは止めたけど、世の滑り手の声が聞こえてきました。
イベントを望まない人たちの方が世の中には多いのだということも受け止めめることができたのです。そして三重県桑名市でのウォータージャンプK−air開設にすすみます。
世界中どこを探しても運営や経営のマニュアルなんてものは全くない。作ることだけであれば、すでに自身で借金をして何回も作っている。
お手本としようとする施設がないわけだから、すべてが手探り状態。
事業事例があればマネをすればいいわけですからねぇ、最初にトライする人には産みの苦しみがあるわけですよ。が新たなこと、未体験や既成数値が無いことを、あらたに「興す」ことはなによりやりがいがあるわけです。
私のスタンスといいますか、「物まね」が苦手です。それと標準化という言葉も嫌いな方です。
これは、物まねや標準化は、運営としてはやりやすいし一般社会では当たり前なことですが、生産性や革新性が徐々に薄れてくる。流れで仕事をすることになります。流れることでいい点がありますが、新しいことを考えることや挑戦することに臆病になってくる。仕事を新鮮に常に向き合うこと、この発想がなくしてはウォータージャンプは作れない。というより事業性がなくなるという脆弱な市場でありビジネスなんですね。
私の本業はスキー場の設計や運営コンサルタントですから、明確な答えのないことに対して答えるということでは、20年間も関わっているうち随分と鍛えられてきます。
スキー場では自然状況や地域特性、それぞれの地の人間により、いろいろな答えが生まれてきます。私にとって、本業の延長でのスタンスだっただけに事業計画作りは楽しい時間でした。これは冬期に運営していたモーグルコースで数値算出はすでに施行済みだったことが大きいですね。
当時追い風は、フリーライドの動きでした。
余談ですがこのフリーライドという表現は日本独自なのですよね。当時ブラボースキーの中島編集長と新たな遊びのジャンルの表現に最も適切な言葉はなんだろうね・という会話をしていました。これはウォータージャンプのシリーズ戦を開催したり冬期にエアのイベントを頻繁に開催していた私が業界のリーダーということらしく、しかしスノーボードではなくスキーでこのジャンルの表現はどうしよう、そのなかでフリースキーやフリースタイルなどなど悩んだ結果、彼がフリーライドの方がインパクあるよ、じゃそう表現してこう・とこんな軽い感じで、誌面にイベントにスキー場の表示にてと一気に標準化されました。。。。スノーボードでのフリーライドとは違うジャンルで勝手にひろまったのです。
さて、このフリーライドはモーグルがアスリートされる中、束縛を拒絶する人たちに一気に受け入れられ広まりましたね。サロモン1080やスノーブレードが一大ブームなったのは90年代後半です(当時私はこれらの販売にかかわるお手伝いもしていました)。
この当時は、モーグルから分家した人たちが遊ぶもの・というイメージが強かったかな。
それを払拭してきたのは、スキーボードの人たちですね。インラインスケートテクニックの下地からわき出る技はスキーの概念を崩していましたよ。かなり鮮烈なイメージが私にはあります。
まだモーグルイメージが残っているところもありますが、跳びだけを楽しもうとする人が圧倒的に増えてきましたね。だから、今年は飛び系専門誌が3誌も出現するわけだ。
しかし、2000年を超えたあたりからか、前記の標準化がたった数年でフリーライドにも現れてきて、そしてウォータージャンプにも現れました。盛り上げるために大会をすることが果たしてベストなのだろうか。自分がその仕掛けにかかわらなくてもいいじゃないか、誰かがやればいい。
この時点で私はきっぱりと雪上イベントから完璧に撤退。ウォータージャンプシリーズ戦からも私は離れさせていただきました。
私が止めたことで、各方面には色々影響が起きたようです。飛び系大会だけでも10近く行っていただけに、それなり影響はあたのでしょう。
しかし、今ではよかったと思います。イベントを5シーズン離れてみて初めて、みんなが望んでいることが段々と見えてきました。
イベントは止めたけど、世の滑り手の声が聞こえてきました。
イベントを望まない人たちの方が世の中には多いのだということも受け止めめることができたのです。そして三重県桑名市でのウォータージャンプK−air開設にすすみます。
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