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09/12

ウォータージャンプを様々な場所で作ったきっかけは、昭和53年頃河口湖で体験したウォータージャンプが最初でした。このウォータージャンプは、私の大先輩で北海道滝川出身の川辺義倫さんというプロが(川辺さんの祖母と私の祖母が幼なじみだったことはお互い知りませんでしたが)、当時エバニューを介して彼が輸入したことが最初です。アングル製の組み立て式のランページでした。

この河口湖ウォータージャンプをきっかけに、自分が飛ぶために練習したいがために、そして教え子の練習のために(教え子に煽られた?)、それから私がウォータージャンプまでたどり着くまでに、いろいろ遠回りをしましたね。

 まずは、今はすでになくなってしまいましたが、札幌雪祭りのエアリアルショー。これをはじめとしたエアマットのスキーショー。これまた川辺義倫さんが自家製でエアマットを作り、プロチームをつくり各地でショーをするというもの。私もメンバーとして3年間参加しました。
チームは川辺さんを筆頭に4名で構成されて、雪祭りの場合、1日3~5回30分のショーを行い5日間連続。たった30分といいますが、作り込み・テストランと体は動いているので体はぼろぼろです。このショーでアホみたいなデカイ360をやりビタ着。この時、スタッフがランディングのエアを抜き忘れていたため、がちがちのエアマットではじき飛ばされたときに両足足首の靱帯をすべて損傷。治療費がギャラを抜いてしまいました。あれは痛かった(体も金も)・・・・確か昭和55年頃でしたね。こりゃ古い。
エアマットは、これは素人には無理だということを体で実感。というより体感。
ただし、池袋西武デパートの屋上でエアマットでショーに参加したときは怖かった・・・
スタート台の真後ろ、という真下が線路ですよ(汗)

続きまして、テイネハイランドでスポンジピットを作成。
これは、私が札幌でプロショップを経営したときにナクリスといフリースタイルスキーのチームを作り、その練習場所としてテイネハイランドにお世話になり、スポインジピットのアイデアがわき上がり作らせてもらいました(設立昭和56年だったかな)。
実はこのナクリス、今でも公認チームとして全日本の一戦で活躍している選手がいるのですよね。
フリースタイルスキーを目的として新設された日本最初のSAJ公認チームなのですよ(プチ情報として覚えていてください)。チーム名の意味や、このあたりの昔話は後日として、、、、

このときには、ウォータージャンプを作りたいと一番に考えたのですが、着地地点の水面に人工プールを作るという発想がなくて、池や湖を貸してもらいたくて色々動きました。
しかし、許認可という点でハードルが高く、そのクリアする技術も金もなかったことで、スポンジを選択したのです。いい変えると人頼みだったのですよね。いわゆる他人のふんどしで思いっきり褌を取るというアレですわ。
 ただしですよ、この施設で、北海道の工藤哲史選手、松浦崇人選手など多くのエアリアル選手や全日本選手権で上位入賞したモーグル選手が発掘されました。フリースタイル自体が超マイナーであったため決してマスコミネタにはなりませんでしたが、昭和55~57年頃のフリースタイル創世記の大きな出来事だったと思います。
ちなみに、私事では昭和49年頃から札幌市内の藻岩山でフリースタイルスキーを始めてから、すでにりっぱなフリースタイルジャンキーとなっていました。
 が、しかし、スポンジピットで、大きな事故が起こりました。
フリースタイル仲間であり教え子であった友人が頸椎骨折という大事故。私がコーチであっただけに、この責任は重大。スポンジピットのエリアではない場所にはみ出しての事故でした。
しかし当事者である友人は半身不随の状態のベッドの上から私に向かって、フリースタイルの発展のために、指導や拡大をやめるな!と私を叱咤激励しました。
実は20年以上も前のこの言葉は今でも忘れません。この言葉があったから今の仕事や普及活動を続けていたのかもしれません。しかしこの事故でスポンジピットの危険性を痛いほど認識し、当然ことながら閉鎖。多くの方に迷惑をかけてしまいました。

 しかし、練習に飢えている選手たちには待ったなし。この時定山渓温泉のとある敷地を借りて、またとんでもないことを。
これは江別や岩見沢の牧場から藁を大量に仕入れてランディング部分に敷き詰めてエアリアル。
これはセンセーショナル。ちゃんとエアの練習になるではないですか。
3回転も可能でした。たった5人程度の練習でしたが充実していました。
がしかしいくつか欠点が、、、、
雨が降ると藁がしぼむ、、、時間がたつとまた萎む、、、ランディングすると萎む、、しぼんだ藁をフォークでほぐす、、、、、藁がくさい、、、かなりくさい、、、、そして藁がちくちく刺さる、、、、、
ということで1ヶ月くらいで断念しました。
ただし、この時、成せばなるという自身も持ったときでしたね。
この藁のピットは過去にも今もこの1回だけですね。人呼んでヘイピット

 スポンジピットを反面教師にして、昭和59年に長野県大町市の木崎湖に自身初めてのウォータージャンプ建設。                続く。

<お問い合わせ・ご意見は cava@freestyle.co.jp まで>
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